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『新撰姓氏禄』…

※平将門に興味ある人は是非読んでみてください。

昨日、県犬養の姓が神別氏族だから珍しいんじゃなのかなという事を書きましたが、単なる雑な推測なので、一体どのくらいの数の神別氏族の姓があったのか調べてみました。
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター
設立35周年記念講演会・シンポジウム
『和魂漢才』-京都・東アジア の考古学-
のレジュメを掘ってきました。
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(ココから引用)

古代東アジアと京都盆地
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター
理事長 上田正昭

1.『新撰姓氏禄』の左京・右京の「諸蕃」
新撰姓氏禄は、出自によって皇別・神別・諸蕃に分けて記載し、最後に未定雑姓(系譜未詳の氏族)を掲載した。1182氏の内訳は、左京・右京から和泉国までで、皇別335氏、神別404氏、諸蕃326氏、未定雑姓117氏となっている。
 平安京の左京皇別は118氏であり、右京皇別は67氏であって、その合計は147氏であった。ところが左京諸蕃は62氏、右京諸蕃は102氏で、その合計164氏は、左京と右京の神別氏族の合計を抜いている。いかに平安京に渡来系の氏族が多数居住していたかをうかがうことができる。
『新撰姓氏禄』の「諸蕃」では「漢」・「百済」「高麗」にわけているが、たとえば「左京諸蕃上」の冒頭には、「太秦公宿禰 秦始皇帝の十三世の孫、孝武王の後なり」とする。これは中国を「大唐」として、新羅系の秦氏の始祖を秦始皇帝に府会したものであって、もとより信頼することはできない。「大宝令」や「養老令」の公文書の様式などを定めた「公式令」の注釈書で、天平10年(738)ごろの『古記」』に、「隣国は大唐」、「蕃国は新羅」とみなした中華を敬慕しての始祖の改変であった。したがって「漢」の分類のなかには新羅系の渡来族もかなり含まれている。
(引用終わり)
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皇別=臣籍降下した家って、案外たくさんあるんじゃん? 
そしたら高望王⇒平姓なんてのは朝廷から見たら数百分の1って事ではないでしょうか。
うーむ……。

ちなみに『新撰姓氏禄』は、平安時代初期の弘仁6年(815年)に嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑とのことです。
高望王が臣籍降下したのは寛平元年(889年)ですから、815年の時より皇別氏族はさらに増えていたのではないかと推察致しました。
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