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県犬養氏について

※検索で辿りついた人、何か気付いた事あったらぜひコメント下さい!


県犬養家で一番有名なのは藤原不比等の妻である県犬養三千代(橘の姓を下賜され橘三千代となった)。次が大伴家持に防人の歌を出した県犬養浄人など。

「県犬養三千代」義江明子著(吉川弘文館)より。
(引用開始)
県犬養(県犬甘とも書く)氏は、番犬を資養して屯倉(みやけ)を守護し、その管理運営にあたる伴造(とものみやつこ)氏族だった。『日本書紀』によると、安閑天皇の時に諸国に屯倉を設け、犬養部(いぬかいべ)を置いて、桜井田部連(さくらいのたべのむらじ)・県犬養連・難波吉士(なにわのきし)等に屯倉の税を掌らせたという(安閑2年5月~9月条:日本書紀)。地名の分布状況からも、イヌカイとミヤケは接近する例が多い。(黛弘道「犬養氏および犬養部の研究」)

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いやーこれ読んで本当に思った、マイナーな研究の大切さを。黛先生みたいなお方がしっかりとイヌカイ氏についてまとめておられるからこそ、藤原不比等の嫁みたいな目立つ人の研究もはかどって行くわけで。ピンポイントで粘着して研究すると出版社などからは理解されにくいけれど、絶対疎かにしてはいけないと思うのです。

話を戻しますが、県犬養氏の姓を持っている一家は当時そんなに多くないように思いました(複数の家長にその名を与えたわけではないと思います)。少なくとも屯倉の数だけあったわけじゃない。要所だけかもしれない=県犬養一族(子孫)だけで十分対応できるかもしれない=県犬養美千代と将門は遠~~い血縁だったかもしれない。

また、藤原京にも平安京にも長岡京にも「県犬養(犬甘)門」という門があったそうですので、この姓はステイタスであった可能性があります。県犬養氏は神魂命(かみむすびのみこと)を祖とする神別氏族だそうです。同祖の姓は「おおくらのおきそめのむらじ」と「あまかたりのむらじ」しかなくて、しかも大椋置染連氏も天語連氏も名前を冠した門などなさそうです。
かつて学会では「三千代を顕彰して県犬養門と言う名前にした」と言う説が取られていたそうですが、それは無いと思うんだ……なんでかと言うと、ミヤビではないから。あと、天子様のおわす場所に家来の名前を付けるなんて不遜すぎる……と当時の人だったら思うのではないかと。

あれこれ調べた中間結果ですが、県犬養氏は単なる役職を表すための姓ではない……屯倉の番人だからとあちこちに分け与えた職を表すための姓ではない……のではないかと。

何でこんな事書いてるかというと、平将門の母である県犬養春枝の娘が、県犬養三千代の血筋なのかどうなのかが知りたかったからです。どうなんでしょう??? 
知ってる人いたらここにコメントお願いします!

※出典は「ビジュアル日本の合戦」No.37平将門・藤原純友の乱6P目(小和田哲男先生執筆部分)ですが、母方の血統は「下総の豪族県犬養宿禰浄人の子孫」と書いてありました。浄人は万葉集に防人歌を出している人だそうです。
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