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[09/16 響由布子]
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[09/16 しょっぱめの猫]
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[09/06 響由布子]
プロフィール
HN:
響由布子
性別:
女性
趣味:
ペットと遊ぶ
自己紹介:
日記は数ヶ月ごとに整理しています。
適当に削除していますので検索でたどり着いても該当の日記が無い場合があります。
※連絡先はhibikiyuko〒gmail.com(〒を@に直してください)
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正しい日本語のあほらしさ

いやー今夜はだいぶよっぱらっているわけなのですが、前々から思っていたことを勇気をもって書いてしまおうかなと。
正しい日本語で小説を書く、というのは立派な行為だと思うんですが、日本語の可能性ってそんな枠におさまりきらないところにあると思うんです。
私はGirl Next Doorのちさちゃんの歌詞が好きなんですが、彼女の歌詞は編集者にビシビシ直される系なんですよ。でも彼女の歌詞は何が言いたいのか心情がよくわかるし、情動を誘発する。切り取り方が凄いです。

言葉なんて伝達の手段に過ぎないし気持ちが伝わればいいんですよ。より正確に気持ちを伝えるために正しい日本語にした方がいいのかなっていうことであって、正しい日本語でないと伝わらないという話ではないんです本末転倒です。私はそう思います。違いますか?
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無題
個人的な意見ですが、正しい日本語を知ったうえで崩すと語感も美しい「新語」が誕生すると思います。

知らずに崩しても内輪ウケの言葉でしかないんじゃないかな~?と思っています。
方言
もちろん正しい日本語を知ったうえで崩した方がきれいだし相手に伝わりやすいと思います、でも絶対に正しい日本語でないと伝わらないという事ではないと思います。

言葉の歴史を考えてみると、例えば方言は小さなコミュニティ内の言葉でありましたが、美しかったです。方言の文法は誰も勉強してなかったし正しい方言の用法の記述もなかった、でも美しかったです。

言葉を美しく磨くのは「正しさ」だけではなく「積み重ねと微修正」もあるのではないかと思いますヨ(*´з`)
無題
言葉と表現のプロとして響先生の今後の「崩し方」を楽しみにしたいと思います。(^^)
限界かも…
色々行き詰まってます(*_*)、
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