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日本の呪術(メモ)

【自分用メモ】とても分かりやすかったので一部抜粋抜き書き。

すぐわかる日本の呪術の歴史

この本分かりやすいしカラフルで絵が多いし(私にはこれが大事です!)
年表も付いてておススメです~。


◆原始的な呪術の系譜
 日本の呪術の流れを見ると、アミニズムに立つ呪術の時代から、陰陽五行説の呪術の時代を経て、近代科学のもとで呪術が非合理とされた時代に至る流れがある。この中の陰陽五行説は、日本ではさまざまな宗教と結びついて、政治に大きな影響を与えてきた。
 旧石器時代の日本でも、呪的行為がなされたと思われる。そして、縄文時代の遺跡からは、明らかに呪術に用いたと見られる土偶などの多様な遺物が出土する。
 それらは、自然の精霊を祀ったものであると考えられている。そして、縄文的な自然崇拝は、大和朝廷のもとで神道の原形へと発展していく。
 それは、首長霊信仰と呼ぶべき、集団の指導者の祖先を神として祀り、その神が自然の精霊にあれこれ働きかけをすると考えるものである。これによって、太陽神であり、皇室の祖先神である天照大神がつくられた。







◆陰陽道を中心に発展(古代~中世)
六世紀末頃に、中国から朝鮮半島を経て、陰陽五行説が伝わった。それは、宮廷で重要な学問とされた。それと同時に、部分的に民間に広がり、民間信仰と融合していった。
 奈良時代に入ると、陰陽五行説を学び、呪術を身につけた僧侶が現れた。しかし、その頃の仏教界の主流は学問仏教にあった。仏教呪術が本格化するのは、平安時代初めに空海が密教を取り入れたのちのことになる。
 密教呪術は、真言宗と天台宗で広く行われた。そして、平安後期には宮廷の陰陽学者が密教の一部を取り入れて、中国の経験科学としての陰陽五行説を、元のものと全く異なる日本風の呪的陰陽道に変えた。この動きの中心になったのが、安倍晴明であるが、彼の実態はよくわからない。
 陰陽道ができたことをきっかけに、日本の呪術はさまざまな広がりを見せた。仏教、民間信仰、陰陽道を合わせた山岳信仰の場で修験道が生まれた。そして、修験道を身につけた山伏の全国的活動が始まった。
 修験道の他にも、異端とされた仏教の諸流派がいくつも生まれ、それぞれ独自の呪術を生み出した。今日、私たちの知る呪術の大部分は、山伏や、宮廷・幕府の保護の外にあった異端の仏教諸派が民間に広めたものである。
 それらは、正統の陰陽五行説からかけはなれているが、今でもさまざまな迷信の形で続いている。
◆呪術は民衆の阿片か(近世~近現代)
 中世の混乱が収まった江戸時代に、密教系や修験道系の呪術は後退する。そして、朱子学に立つ陰陽五行説が重んじられるようになる。
 朱子学を基礎に経験と人情を重んじる江戸幕府の文化政策や統治は、近代のものとは異なるが、全国に平和と安定をもたらした立派なものである。良い政治が行われると、呪術は後退する。これは、常に変わらぬ真理である。
 明治維新による近代の訪れとともに、呪術は時代遅れの迷信と考えられるようになっていった。そして、人々は学校に行き、近代科学を身につけた。
 学問にいそしむことが、山伏が用いるさまざまな印の結び方を覚えるより、はるかに役に立つことは明らかである。人々が呪術に頼る暗い時代が再び来ないことを祈りたい。

武光誠 (「すぐわかる日本の呪術の歴史」東京美術 p6~8)

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修験道の祖・役行者
一方、仏教界も山林を修行にふさわしい地としてとらえる傾向があった。世俗の欲を離れるには、人里離れた山奥のような場所が必要だったためである。日本の仏教界が硬直し、世俗の権力との関係が深くなるにつれ、山林に隠れる僧は増えていった。
 各地の霊山で行者と仏教者は修行を通じて近づき、平安時代半ば過ぎに、伝統的な呪術、密教呪術、道教の呪術の要素を併せ持つ修験道という新しい宗教を育んでいく。」そして彼らが理想的人物として崇拝した役行者は、のちに修験道の開祖に祭り上げられることになる。(同書p47)

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「鬼道(きどう)の女王卑弥呼」
邪馬台国のについての唯一の史料「魏志」倭人伝によれば、卑弥呼は「鬼道」を営み人々を惑わしたという。「鬼道」とは中国の習慣には、なじまない宗教や呪術を意味する。すなわち、卑弥呼は日本ならではの呪術を用いる呪術師あるいは巫女であった。(同書p30)


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