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[08/13 響由布子]
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響由布子
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日記は数ヶ月ごとに整理しています。
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※連絡先はhibikiyuko〒gmail.com(〒を@に直してください)
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始皇帝と武田信玄

先日、「兵馬俑」展を見ていて「武田信玄って始皇帝を模倣したかったんじゃないかな……」と思い浮かんで、さっき思い出して検索してみたら同じように感じている人がちらほらいて良かった!

戦国武将を調べていて強く感じたのは、古代中国の事を知っておかないと彼ら戦国武将を理解する事は出来ないだろうという事でしたので、これから少しずつ勉強して行こうと思いました。

……あれ、私って真面目?

今回上野でやっている兵馬俑展はとても良かった。「兵馬俑」展は今まで3つくらい見ていますが、今回が私には一番良かった。というのは、展示物や説明が頭に入りやすかったのです。展示のせいではなく自分の理解力が深まったせいかもしれませんが……。

始皇帝の墓が凄かった。あの死生観はまさに聖書の死生観だよなと思ってビックリしました。死んだら魂は冷凍スリープ状態みたいになって復活の時までそのまんまという……始皇帝は誰がいつ自分を復活させると思ってあのような墓を作ったのでしょう。

始皇帝はいつどこで聖書の考えに触れたのでしょう。聖書を読んだ可能性はあるんでしょうか。
絶対無い、とは言えないと思います。
聖書は当時の人々が「是非とも述べ伝えなければならない」という強い意志を持って支持されてきた思考実験の問答集でした。翻訳作業は現存している資料では西暦4世紀に当時の現代語でありながら文字の無かったゴート語に翻訳されています。翻訳者のウルフィラスはギリシャ語とラテン語のアルファベットを下敷きにゴート文字を作るところから始めました。凄い意志の力ですよね。この仕事は西暦381年には終わっていた事が確認されているようです。

なお、聖書の翻訳作業はこのような強い意志と信念に基づいて2500近い言語に訳されているそうです。そのうちのいくつかは文字の無い地域で文字を作る所から開始しているそうです。

アジア地域で聖書の翻訳作業に着手したのは19世紀初頭と言われているそうです。始皇帝は紀元前210年死亡ですから書物としての聖書との接点はやはり無かったのかもしれない。

しかし、始皇帝の時代にも「聖書を述べ伝えなければならない」と思い込んで世界に旅立って行った伝道者はいたわけで、聖書的な考えとは接点ゼロであるとは断言できないと思います。

また、人間の本能として、「死んだ後は誰か強力な力を持った何かが復活させてくれるからそれまで寝て待つ」という考え方が自然発生的に生まれたとしたら、それはそれで面白いと思いました。

本当にまだまだ発掘されていないだけかもしれない。興味は尽きません。
メソポタミアのガラス玉が日本の遺跡から発掘される
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