昨日は午後出かける前に、義母を花見に連れ出した。
ほんの一年前にはまだしっかりしていた義母なのに、今は頻繁に過去に戻ってしまっている。その過去も、30年前だったり50年前だったりで、ちっとも安定していない。
日常の記憶は全然ダメで、ついさっきした事をもう忘れている。息子の現在の姿も覚えていない。そして同じ質問を2分おきに繰り返している始末だ。
突然正気に戻った(そういう時もある)本人曰く「忘れちゃうんじゃないんだよ。忘れちゃうっていうことは一回頭の中に入るんだから。そうじゃなくて頭の中に入る所が駄目になってる」
妙に感心してしまった。
それでも不思議なもので、桜花の美しさは見たあと30分くらい経ってもはっきりと覚えていた。思い出すよすがにしようと、イベント時にはいつも写真を撮る事にしているが、それが無くても花見の事は多分覚えていられると思う。桜花の底力は凄いなと思った事だった。
見に行った場所はネットで探した。川沿いに桜並木が続く場所で、人があまりいなくて結構な穴場だった。来年も多分ここに連れてくることになるとは思うが、認知症はどのくらい進んでいるだろうか。
強風のせいだろう、桜の花が付いた小枝があちこちに落ちていた。それを義母と拾い集めながら、色々な事を考えた。ひとの一生もあっという間だろう。色々な価値観の人とぶつかる事もあると思う。でも、人生はとても短い。自分の小説で書いた「カウントダウン寸前の河合耆三郎」のように、誰かの目には間違って見えようが「こういう風にしか生きられない」自分の道を手探りで進むしかない。
そんな結論に達し、応援して下さる読者の皆様、編集者の皆様に深く感謝した花見でした。
(あっ…綺麗に終わった)
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