忍者ブログ
雑多な日々の記録 (右上の「裏サイト入り口」は広告で私とは関係ありません) (このblogはアクセス拒否設定は一切使っておりません) (業者のコメントはブロックします)
最新CM
[05/12 響由布子]
[05/12 しょっぱめの猫]
[05/04 響由布子]
[05/03 しょっぱめの猫]
[04/18 響由布子]
プロフィール
HN:
響由布子
性別:
女性
趣味:
ペットと遊ぶ
自己紹介:
日記は数ヶ月ごとに整理しています。
適当に削除していますので検索でたどり着いても該当の日記が無い場合があります。
※連絡先はhibikiyuko〒gmail.com(〒を@に直してください)
ブログ内検索
アクセス解析
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7

鉄器文化の講演

【黒海・カスピ海北岸地域における鉄器文化成立期の諸問題】その1


■今日はオリエント博物館のナイト講座に行って来ました。来年再来年に投稿を読み返すためにここにまとめておきたいのですが、知識が無くてちんぷんかんぷんだった&字が汚くて読み返せないのダブルコンボに苦しんでおります。
■一番印象に残ったのが「大陸では製鉄の長(おさ)は祭祀の長(おさ)という傾向が強く、製鉄の道具を副葬品に入れているケースがある。子供の死骸の脇に製鉄の道具が副葬されているのは多分その子供は祭祀の跡取りだったのだろう。しかし面白い事に日本ではいまだ製鉄の道具が副葬品として出て来た事が無い」という話でした。←聞き間違ってないと思う
■ちょっと前まで朝鮮半島でも子供の副葬品として製鉄の道具が出てきてなかったのだが、近年出土したとも。
■製鉄の発掘調査は愛媛大学が世界の最先端らしい……

PR

『信長と弥助』より転載

『信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍』から転載
 ロックリー・トーマス著 不二淑子 著


"二十世紀前半に日本が強国となり、その国際的影響力が非白人国の中で突出したとき、日本国内で非ヨーロッパ世界と再びつながろうとする動きが起こり白人帝国主義の犠牲者である黒人に対しても親しみを持つようになった[1]。第一次世界大戦前に〈脱亜入欧〉というスローガンを掲げていた時期の反動とも言える流れだった。第二次世界大戦直前の日本は、当時の西欧社会がけっして日本人を同等とは見なさないことを認識し、考えを改めたのだった。この新しい波が起こった結果、弥助の逸話のように半分忘れ去られていた話の多くにスポットが当てられ、非ヨーロッパ世界との国際協調を促すために利用された[2]。"

"ここで忘れてはならないのは、日本が第二次世界大戦に参戦した大義名分は──最終的にどういう結果になったにせよ、また戦後に歴史がどう捉えたにせよ──、ヨーロッパ列強の植民地支配からの脱却だったという点だ。二十世紀初頭には世界中の何百万もの人々がこのメッセージを信じ、日本の方策を支持するにせよしないにせよ、そこから何かを感じ取っていた。その中には、ガンジー、中国最後の皇帝溥儀、孫文、スカルノ、アウンサン[ビルマの独立運動家。アウン・サン・スー・チー氏の父親]といった著名人や、それほど有名ではないアジアやアフリカの独立運動の指導者たちもいた。今日ではほとんど忘れられているが、日本軍には日本国内の日本人だけでなく、台湾と朝鮮の植民地部隊(2)や中国と満州の志願兵、遠く離れたインドの反植民地主義者の同盟軍(3)も含まれていた。また、二十世紀初頭には、欧米列強による統治と支配を終わらせてアジア人のためのアジアを築くという汎アジアの夢の名のもとに、中国やフィリピンで起こった独立運動に参加して死ぬまで戦った日本人志願兵もいた。"

-----

だよねえ。

信長のデスマスク


■昨日書いた「信長のデスマスク」についてもうちょっと調べた事など……。トンデモであろうがなかろうが、気になったら調べるというのが大事な事かと思います(すぐ忘れるけど書き留めておけば大丈夫だ!)


1)もっとも古いデスマスク(その技術は)いつ?


2)デスマスクを作ったと言われる信長の近習・弥助(日本初の黒人侍・元はイエズス会ヴァリアーノの奴隷だった)が当時デスマスクを作る技術を知っていた可能性は?


3)斬首のあとの信長の顔が穏やか⇒だから偽物だという指摘はOK?


4)デスマスクの材料はナニ?


■と思って調べたのですが、結論から言うと


1)自分が確認できた最古のデスマスク(粘土で型を取ったデスマスク)は「神曲」作者のダンテ(1320年死亡)のデスマスク


2)知りえた可能性アリ。技術はすでにあった。ローマン・カトリックのマルチン・ルター(1546年死亡)のデスマスクがある。無名の人のデスマスクはもっとあるらしい。


3)斬首の後でもデスマスクの顔つきは穏やかという実例があった! メアリ女王です。


4)信長デスマスクの持ち主によると、材料は五斗薪粘土。今ある信長のデスマスクは焼いてない状態で柔らかいらしい。「五斗薪粘土」とは五斗薪地方(土岐)で良く取れることから付いた名前。あら、土岐と言えば明智じゃないですか。偶然かな。持ち主はどうして「五斗薪粘土」と言い切っているのだろうか。


2)、3)についてですが、画像を見てみて下さい。この画像はイングランドで斬首刑になったメアリ女王(カクテル「血まみれマリー」の名前の元)のデスマスクです。恐怖や苦悶、絶望の表情などは無い=デスマスクを出来るだけ生前の普通の表情に似せるような修正・作法などが当時あったかもしれない。
【追記】このデスマスク、後世の偽ものという噂があるらしい…… orz


※ちなみにパブなどで男が女に使う下品なジョークに「Are You Mary Now?(あなたは今メアリーですか)」というのがあって、それはMaryBloody(血まみれ)⇒生理中? なんだそうです。くっだらねぇ~~。


『信長公阿弥陀寺由緒之記録』

恥ずかしながら織田信長のデスマスクって初めて知ったんですが完璧トンデモでいいのか一応0.000001%くらいは信憑性あるのかわからないです。

と自分でfacebook投稿してから調べた事をここに保管。
----

『信長公阿弥陀寺由緒之記録』より
 時に天正十年六月二日、明智光秀謀反の時、清玉上人は信長公の旅館本能寺に押寄せるをきき、塔頭の僧徒廿人余りを召し連れ本能寺に駆けつけられ、表門は厳重に軍兵四方を囲み寺内に入る事出来ず、裏道より辛うじて入るが堂宇に火が放たれ、すでに信長公が割腹せられしと聞き、そばの竹林に十人余の武士集まりて火を焚く者あり、上人がこれをみるに信長の家臣なり、之に顛末を聞くに信長公割腹の時必ず死骸を敵に渡すことなかれと遺言あり、しかし四方敵兵にて死骸を抱きて遁れ去る道なし、やむなく火葬し
て隠しおいて各々自殺せんと一同答えたり、上人信長公とは格別の由縁あるを以て火葬は勿論将来の御追悼をもなさんとて武士に乞い、各々自殺するよりむしろ信長公の為に敵にあたりて死せんことを望むと語りければ、武士ら大いに喜び門前の敵を向うすきに上人火葬し白骨を法衣につつみ本能寺の僧徒らが逃げるのにまぎれこんで苦もなく帰寺し白骨を深く土中に隠しおきたる。

※この後の記録には、遺品も少しあったのだが火事で燃えてしまったとか、秀吉に頼まれたが断っていたら干されたとか、戦国武将が毎年お参りに来てたが改易になっちゃったとか、信憑性に関わるマイナス事項がちょろちょろある。
※でも信長の1つ目の法名「天徳院」を付けたのはここのお上人さんだし、大正時代に勅使が来て信長の墓所として認定されたようだし……。
※「阿弥陀寺」と秀吉の墓所が最初置かれた「阿弥陀が峯」と関係あるのかな。距離が近いとは思うんだ。秀吉の墓所の移転前は、信長の眠る(と言われる)阿弥陀寺を見下ろす感じの位置関係だったのでは。

【追記】12.26.2017
※阿弥陀寺はもとは違う場所にあったらしい。確認もしましたが、言及できない。私は京都の地形に疎いので興味ある方は各自調べてみてください。
※阿弥陀寺の信長忌では信長公が使ったと言われる槍の先(刃の部分)と信長愛用の皮の手袋が披露されているそうです。
※こちらの寺から遺歯を貰って近江八幡の西光寺が信長の墓所を建てたそうです。
※富士のふもとの本門寺に信長の首塚があるとのことですが、もしかしたら阿弥陀寺から何かを分骨されて埋めたのかもしれませんですね(記録が紛失しちゃっただけかも)
※検索で来て興味ある人はコメントよろしくお願い致します。

該当の古文書(の写し)↓↓↓


国立国会図書館デジタルコレクションに飛びます

寛容と非寛容

■先日「この作家さんすごい」というタイトルで雑記を書いたところアクセスが結構あってびっくりしました。知人とか同業者が見てる事が多い気がするのですがやはりそうなのかな……それとも読書好きな読者さんが多いのかな。
■というような話はさておき、「寛容と非寛容」について思いついた事をメモメモ。考えた事そのまま書き連ねてますのでまとまってないですすみません。
■先日紹介した小説「光秀の定理」で凄いなと思った事の一つは、一神教と多神教の話(概念)が物語に入ってきていた事した。時代小説を読んでいて「もの足りないな」と思う事があって、それは信仰の部分なのです。もちろん行事としての信仰ではなくてもっと深い、思想や思考パターンに影響する理論としての信仰です。
■垣根涼介は信長を一神教の恐ろしさ(非寛容)に喩え、光秀を多神教の寛容に喩えて現代的哲学的な解説を加え、対立構図をより一層鮮やかにしようとしているようでした。こういう部分が、時代小説を読みなれていない人にもなじみやすいのかなと思います。
■一神教は怖いです。キリスト教でさえ、(本当は)異教徒は人間扱いじゃないんです。だからこそちょっと前の時代までクリスチャンでない黒人や黄色人に相当酷い事が出来たわけで……。
■この構図は一神教の宗教は全部同じです。聖書には「異教徒も不信心も等しく愛せ」とは一切書いてない、神に従わない者は裁かれると書いてあります。神に従うというのは、旧約聖書内の話で言うと息子を殺せと神に言われたらすぐ殺す、そうすることで神は汝を愛するのです。ほら信長と一緒や。
■日本の場合、「つくもがみ」と言い「八百万の神」といいます。あそこにも、ここにも神がおわします。みんな仲良く「和を以て尊しと成す」なんです。
■「博愛」という精神は本来のキリスト教にはありません。異教徒や神(=キリスト教の神)を信じない者は酷い目に遭って死ぬしかないそれが神の裁きなのです。今のキリスト教は聖書にない事古い預言者が説いた事を都合良く拡大解釈してしまっています。ぶっちゃけ金儲けの為です。
■最近の聖職者は聖書を読まないそうです。神学科でも聖書研究しないとか聞きます。
■多様性が推進される世の中にあって一番「思想弾圧」されている(と本人たちが思っている)のは一神教の敬虔な信者ではないでしょうか。社会的な活動をするなら異教徒を受け入れろあるいは優遇せよというのは敬虔な一神教信者にとっては苦痛以外のなにものでもないと思います。
■多様性を推進しようとするなら、融和の方向は間違っていて互いになるべく干渉しあわない棲み分けが重要になのではないかと私は思います。
■グローバル化で痛みを感じない利益を得る人だけがなんちゃってグローバル化の世界に住み、そうでない人たちは小さなコミュニティで同じ考え同じ思想基盤の人たちと暮らす、これこそが多様性ではないでしょうか。
■ただし交易と交流だけは平等に……というのが多様性のあるべき姿なのではないかと。実際生物多様性の世界では一番気を付けるのは外来種の侵入です。バランスが崩れてしまうんです。
■現況では個人的経験や現状に基づいた考えすら、言論思想弾圧で握りつぶされてしまいます。恐ろしい時代だなあと思うのです。最近は言論の自由を謳う人たちが自分と違う考えを社会的に抹殺しようとする動きが激化していて、そりゃ一体なんじゃらほいと思うのです。
■全世界的な傾向です。それに反発する動きがEU脱退だったり(政治的に正しくない発言をあえて繰り返す)トランプだったり。
■トランプに関する事で言えば、先日ナバホ族の代表者3人をオーバル・ルーム(大統領執務室)に招いて、自分の演説台で10分近く演説してもらいました。おまけに報道陣の前で何度も「彼らは我々よりもずっと前からここに住んでいる」という点をホワイトハウスの中枢部分で強調しました。単なるご機嫌取りでしょうか? ナバホ族(というかインディアン)は票田としては殆どないに等しいのに?
■ナバホ族は大統領選の時からトランプ支持でした。どうしてでしょう?
■差別するなというリベラルは口で色々言ってもアメリカ建国以前から住んでいた人たちに対してトランプほどの敬意を表して来なかったからだと思います。それどころか不法移民を安く買いたたく事で彼らの生活を脅かし続けています。※労働者として近い層にいるので不法移民が増えると彼らの生活が圧迫されるのです。
■このような事から「実態のない綺麗な理想」はもう信用されてないのです。もういい加減言葉だけの態度にうんざりしてるのでしょう。
■ナバホ族に限らず「インディアン」は「ネイティブ・アメリカン」という言葉を断固拒否しているのだそうです、今回初めて知りました。差別禁止の名のもとに「ネイティブアメリカン」という言葉の中にインディアンもエスキモーもポリネシア人も一緒くたにまとめてしまい、インディアンの正当性を建国の歴史から抹殺しようとしているように彼らは感じている、という話を読みました。そうだったのか……。そうらしいですよ奥さま。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne