忍者ブログ
雑多な日々の記録 (右上の「裏サイト入り口」は広告で私とは関係ありません) (このblogはアクセス拒否設定は一切使っておりません) (業者のコメントはブロックします)
最新CM
[08/15 響由布子]
[08/15 ノバヤシ]
[07/01 響由布子]
[07/01 鷲尾]
[05/05 響由布子]
プロフィール
HN:
響由布子
性別:
女性
趣味:
ペットと遊ぶ
自己紹介:
日記は数ヶ月ごとに整理しています。
適当に削除していますので検索でたどり着いても該当の日記が無い場合があります。
※連絡先はhibikiyuko〒gmail.com(〒を@に直してください)
ブログ内検索
アクセス解析
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

備忘録

会則より
(会計)第十六条
②資産の管理は幹事会が行い、会の運営及び事業に必要な経費に限り、これを支出する。
③幹事会は定期総会で決算を報告し、承認を得なければならない。
-----
こちらの会則は幹事会で作り、承認を得て、総会を通っています。
またすべての支出は幹事会の承認を得ております。(当たり前です)
領収書に関しては2018年度の経理担当がきちんと管理し、専門家の助言に従い決算をし、すべてを事務局に引き渡してします。

なぜか画像が横向きになってしまいますが、会則をこちらにアップしておきます。
PR

八木アンテナ

※面白い話を大宮の町できいたので備忘録的にメモっておきます。真偽について全て確認しているわけではありません。あくまでメモです。ご了承下さい。

■先日きいた話が面白かったので、帰宅後ちょっと調べてみました。「タムロン」「八木アンテナ」「軍需」というキーワードに興味を持った方はご一読下さい。

■たまに通っていた道沿いに、「タムロン」「八木アンテナ」という大きな会社(工場付き)がありました。大宮のド田舎に県道2号(旧国道沿い16号)を挟んで向かい合わせに工場があるなんて、と思っていたのですが、この二つの工場は「軍需」で繋がっていたんですね。2つのうちの八木アンテナの話を書いています。


■リンク先は武蔵野銀行のレポートですが、タムロンの名前は出てきません。しかしさいたま市内には41もの光学レンズ関連の工場があったそうです。ナニガシさんによればタムロンは戦闘機に搭載するレンズを作っていたとか。(未確認です)


https://www.bugin-eri.co.jp/report/report08/file/industory227.pdf


-----


■さて八木アンテナ。こちらも軍需産業ですが、妙な歴史があります。


■八木アンテナの基本技術は、東北帝国大学で研究をしていた「八木・宇田アンテナ」というもので、元々は宇田新太郎が主任で研究をしていたものを共同名義で論文発表したのです。


■ところが、八木秀次は宇田新太郎に内緒で、論文の新技術を「八木アンテナ」として特許を取ってしまったのです。これにより研究の成果は全て八木秀次が取得してしまいました。海外でもYAGi anntenaとして知られてしまいます。


■その後八木は英語の論文などを出し活躍しました。海外ではYAGI anntenaの技術が注目され、主に軍事利用されました。


■原子爆弾にも八木アンテナの技術が使われています。赤丸の部分です。(画像1)


■ナニガシさんの携帯で「ボディにYAGI」の画像を見せてくれたのですが、帰宅後探しても検索で出てこないのですが、原爆投下機のボディにもYAGIというマークが入っていたそうです。


■そんな八木秀次ですが、文化勲章やら勲一等やらもらって議員になって会社も興して、いい人生を送った様子です。一般的には評判の高い人なのですが……。


■一方新技術を見つけた宇田新太郎の方は、それほどでもなかったかも。八木秀次に比べたら、ですが。

■この話、しつこく掘れば何かもっと出てきそうな予感……。


 


トラベラーズチェック

■大掃除で出てきた結構な額のトラベラーズチェック(TC)について、もう交換出来ないのかと焦りましたが解決しましたのでご報告を。

■「トラベレックス」という外貨専門会社で現金化してくれるそうです。ただし条件があります。
1)現金化は日本円のみ
2)TCはアメックス発行ならOK(画像参照のこと。裏面中央にこのマークがあるもの)
3)上部分に本人のサイン入りである事
 (今書いちゃ駄目とは言われなかった)
4)身分証明書を持って本人が交換に来る事(本人死亡等の場合は諦めず相談した方が……)

 


■アメックス発行以外はケースバイケースのようです。うちはあさひ銀行で買ったのですが、外貨を扱えない小さな銀行で買うと大概アメックス発行のようです。(逆にこれで助かった)今はもうない小さな銀行で買ったからとあきらめず、裏面中央を確認してみて下さい。アメックスのマーク入りなら私と同じで現金化OKです。
■むかし海外旅行してた人は案外どこかに「レートが良くなったら現金化しよう」と思ってTCを塩漬けにしたまま忘れているかもしれないから確認してみて下さい。これからどんどん現金化できなくなります。アメックス発行のTCであっても海外で使えない事態になっているそうです。
■なお、日本国内ではTCは日本円にしか交換できないそうです。(選択肢がない)外貨に換えたい場合はその外貨の国まで行って交換だそうですが、TCから現金への交換は拒否される事が多くなっているそうです。
■うちは辛うじてセーフだった……お金は車の整備代に回します~~


越谷吾山の本

『越谷吾山 方言に憑かれた男』 杉本つとむ(さきたま出版会)より


●まえがき


 吾山の『物類称呼』は江戸期最大最高の全国方言辞典であることはいうまでもありませんが、二十世紀、敗戦前まで、一人の手になるこうした全国的規模の方言辞典は存在しませんでした。まことに稀有にして絶賛すべき一大労作です。しかし多くの日本人からはほとんど忘れ去られ、わずかにこの方面の専門学者によって、その功業が受け止められ、発展させられているにすぎません。おそらく越谷市民でも、埼玉県民にあっても、――〈渋沢栄一〉は三歳の童児といえども耳にしているでしょうが――ほとんどの人は越谷吾山の名も存在もしらないことでしょう。


 現代では日本民俗学の祖と仰がれる柳田国男への影響もあり、〈顕彰碑寄付金人名簿〉でも判明するように、故東大教授、橋本進吉をはじめ東条操、志田素琴(義秀)など言語学、国語学、方言学、俳諧研究家が、吾山の業績に賛辞をおくっているのです。


わたくしは、先に吾山の著書『物類称呼』(八坂書房・生活の古典双書)を翻刻し、総索引を付して出版しました。(中略)しかしこれまで吾山のことについて志田素琴氏の小冊子以外にまとまった略伝や著書の考察はありません。同書は約百ページの小本で、昭和九年、越谷吾山翁記念事業会(代表、会田利次郎)で、非売品として、百五十回忌法会を記念して発行したものです。その点、今回はできるかぎり資料をあさり、かつは吾山の生きた時代、江戸文壇と俳諧など、いわば吾山の活躍した舞台を描写しつつ、吾山が研究しまとめた、全国方言・民俗への考察の成果を検討しました。あらためて、方言学者、民俗学者としての吾山の人物像を示すことにしたわけです。


吾山の研究は当時、十八世紀のヨーロッパの方言研究と比較しても、決して劣ることのない大きな仕事であったといえます。一埼玉県民の文化的財産としてだけではなく、ひろく、日本人のことばや民俗の原点をさぐる記念碑とすべき業績として、かつは吾山没後二百二年を記念する鎮魂の譜として、〈越谷吾山〉を世におくることとしました。大方の御愛読と御叱正を切にお願いしておきます。


末筆ですが、早稲田大学図書館、東京大学図書館、県立富山図書館に厚く御礼申し上げます。


 一九八九年六月四日


    中国・北京にて    著者 識 



-----

この本途中から難しくてギブアップした。
万葉集の中にも方言がたくさんあった、という事を知った。
たぶんあと20年くらいでこの本も吾山も記録が消えちゃうような気がして、思わず抜き書き・書き留めました。

1秒って誰が決めるの?

最初の方だけ抜き書きしましたがこの本面白いです。

【1秒って誰が決めてるの?】安田正美(ちくまプリマ―新書)
-----

・1秒の定義は時代とともに変化している。
・時間の計測、昔は天文学だったが今は物理学の範囲
・そもそも人間の感覚器には時間に関係するものは存在しない。時間については時計しかはかるものがない
・人類最初の時計は「暦」
・「太陽」と「月」二つの天体の動きを重ね合わせる事で暦を作った
・これは最小公倍数の考え方であり、素数の考え方ともいえる。
・暦の誕生=数学の芽生えともいえる
・紀元前の日時計、水時計、砂時計で時間をざっくりはかるようになるが本当にざっくり
・12世紀に機械時計が出来てから状況が変わった
・12世紀に作られた時計は長いひもの先に重りをつけて高い塔のてっぺんに重りを上げ、自身の重みで少しずつおりていく、それを動力とした。
・村で一番高い塔は教会の鐘つき塔なのでそこに時計の装置が置かれるようになる。
・教会の鐘の事をラテン語で「クロッカ」という。これがクロックの語源。
・しかし当時の塔時計には針が1つしかなかった。(〇時くらいしかはかれなかった)
・日本の江戸期の大名時計も似たようなもので、塔時計と同じシステム(冠歯車脱進機)なので1日に1時間くらいの狂いがあったりした。
・一分とか一秒という概念が無かった(はかれなかったので)
・西洋では、ガリレオが「振り子の等時性」の法則を発見した事で、時間を正確に計る仕組みが出来上がり、1時間を分割してみようという考えが出てきた。
・この頃から時計の針が二つになる。
・分を意味すぐminuteは「小さい」という意味。
・分がきちんと測定できるようになると今度はさらに分を分割しようという欲が出てきた。
・分をさらに60に分けたのがsecond minute(二番目の小さいモノ)。時代がたつとsecond minuteはsecondと呼ばれるようになる。
・1時間はなぜ60分なのか。10進法や12進法は採用しなかったのか?
・古代ではモノを分ける時、目で見て「半分」とか「三分の一」とか手で分けていた。多くの数字の倍数にあたり割り易かった60は、桁計算をしない人たちには使い勝手のいい数字だったのではないか。
・西洋では今でも二分の一インチとか四分の一マイルとかいう表現を使うが、もともとそういう感覚になじんでいたのだろう。
・十進法「メートル法」の発祥地であるフランスでは、フランス革命後の1793年に「フランス革命暦(共和暦)」を作って十進法に挑戦したことがある。1週間=10日、1日=10時間、1時間=100分、1分=100秒で暦を作った。
・結局根付かなく、時間は60進法に戻る。
※「へ~~」の連続なのでメモりました。(具合悪いんだから大人しく寝てろって話ですね)
https://www.amazon.co.jp/dp/4480689184


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne