忍者ブログ
雑多な日々の記録 (右上の「裏サイト入り口」は広告で私とは関係ありません) (このblogはアクセス拒否設定は一切使っておりません) (業者のコメントはブロックします)
最新CM
[09/08 響由布子]
[09/08 しょっぱめの猫]
[08/29 響由布子]
[08/29 くまぷぅ]
[08/12 響由布子]
プロフィール
HN:
響由布子
性別:
女性
趣味:
ペットと遊ぶ
自己紹介:
日記は数ヶ月ごとに整理しています。
適当に削除していますので検索でたどり着いても該当の日記が無い場合があります。
※連絡先はhibikiyuko〒gmail.com(〒を@に直してください)
ブログ内検索
アクセス解析
[1]  [2]  [3

明日毛糸を持って行く

義母の頭がどんどん衰えて行く。今回の原稿修羅場前にはこっちが頼んでおいた「アクリルタワシを編む(かぎ針)仕事」が出来ていたのが、めんどくさいのか理解できないのかパタッと止んでしまった。一応ヘルパーさんには「認知症と戦ってはダメ、受け入れないと」と言われているけど、やっぱりモノツクリが好きだった義母が何も作り出せなくなる状況は(私には)耐え難い。

というわけで今日義母と話し合った結果、Kちゃん(愛しい息子=夫)のチョッキを是非とも編みたい、身につけていて欲しい、けどそれは無理そうだからマフラーを編ませる事にした。毛糸はKちゃんの尻を叩いて一緒に手芸店に行き、自分の気に入った物を買わせ、明日それを届ける事になっている。

ふと思いついて、私も色違いの毛糸を買った。これを義母の個室に置いておいて、様子を見に行った時に私も一緒に編んでみれば、向こうは「嫁に負けるか」と対抗意識を燃やして無事完成するんじゃなかろうかという目論見だ。

もっとも私の事は誰だか分からなくなっていて(何故だか分からないけど毎日のように来てくれているらしい親切なT子さん)という認識になっている。ほんの時たま「あなたはKちゃんのお嫁さんなの?」と言い出し「そうですよ」と返すと「じゃああたしは威張っていいんじゃないの!」と鼻の穴を膨らますのが、物悲しい。嫁いびりも100%出来ないうちにぼけちまいましたね、お義母さん……まだまだあんな程度じゃなくてもっと本腰入れてやりたかっただろうにね。

ところで義母は時折激しいうつ状態になる。これは当然で、「私、ぼけちゃったのね」と自覚した時の絶望はこっちも容易に想像がつく。認知症と老人性うつは切っても切れない仲らしい。認知症とうつ病はセットで考えるべきというのが最近の風潮だ。
問題はうつというのは伝播するということで、私自身もうつになるんです。義母の閉塞感は良く想像できます。頭の能力がどうしようもなくなったからこそ、うつに逃げるしかないんですよね…

それとは別に「介護うつ」というのがあって「もっとああすればよかった」「こうすればよかった」で落ち込んでうつになるんだそうです。でも、こっちはうつになる必要無いと思う。何を置いても自分の人生が第一。自分が一番でいいんですから。それでいいんです。そう思えない人は家族を守れない。私に言わせれば一番大事な人を守れない人はどうしょうもない。
私の意見に興味持った方は是非「塩狩峠」三浦綾子を是非読んでみて下さい。色々考えさせられます。
PR

老人介護で思った事

三ヶ月経って色々思った事がありますわ。
結局、老人介護で一番大事なのは、当のボケ老人が安心してぼけて死ねる環境を作ってあげるこれに尽きるんですね。
だから病院やホーム、ケアマネさんと反目し合うなんて愚の骨頂なんだと思う。
反目する暇があったら、転院するなりスタッフ交代するなりをこっちが指示して、出来るだけ早く安心して死ねる体勢を作ってあげる事なんだと。

じゃないと、認知症で何も分からなくなってる自分一人じゃ生きられなくなってる年寄りは安心できないよね。不安で不安で仕方ないよね…って気付いた。認知症のサポートって、安心して人生の終末を迎えるためのサポートなんだなって。
「認知症と戦っちゃ駄目」って言われてキョトンとしたけど、そうなんだ認知症から回復してあげることより、当の本人が安心して身を任せられる環境を作る方がよっぽど大事なんだね。
って思いました。

ちなみに私はガンとかで60くらいで死にたいです。
延命治療要りません。あれは意味ないです。

今のホームはとても良い所で日々勉強になります。有難う。

老人介護は第二の子育て

・老人介護は第二の子育て
という言葉がある事を介護交流サイトで知った。最近しみじみこの言葉の意味を感じている私がいる。認知症の義母のお世話を通じて自分がどんなにたくさんの事を学んだことだろうか…

・認知症は寂しくなる病気、人生の迷子になる病気
誰かの記述にこんな一節があってここだけが心に残った。(引用元が分からなくなりました)
認知症ってホントに「迷子になる病気」で、我々世話する側は快適かつ平穏に人生の終末を迎えられるように、迷っている人の手を引いて道案内してあげなければならないのだなぁと、改めて思った。

どんな手を使っても一分でも長生きしてほしいと思うのは、健常者のエゴじゃないかなと思ったりもした。
介護の世界をのぞいてみて私が思ったのは、自分が認知症になって終末の時を迎えたら、延命措置は一切いらないから、「人生最後は楽しかった」「死ぬのは怖くないんだな」『日常の延長に死があって、何も心配せずにすーっとあの世に移れるんだな」という状況をしっかり作って欲しい。この事だけです。

老人介護サイト

最近老人介護サイトに登録してそこで日記を書いたり、他の人の日記や質問などを見てまわっています。二か月ほど経過して感じた事は。。。

いやー、今までにも何人もの人が自殺したり殺人したりしていた介護問題ですが、その裏でものすごいたくさんの人が介護で苦しめられているんだなあって……。どう見てもそれ家で介護は無理でしょう、という人とか、どう見てもその老人は精神に異常をきたしているでしょう(でも質問に答えるケアマネさんは年寄りの意向を感じ取って動いてと書いている…介護する側にものすごいストレスを強要してるんですよね)というケースとか、介護する方の人でギリギリの精神状態の人がこんなにもたくさんいるんだなあと感心してしまった。

あまりにギリギリ過ぎて、行政に頼る気力さえ失ってしまっている人、介護のために仕事を辞めてしまい、自分の将来を破たんさせてしまった人、悲惨過ぎて呆然としております。行政の方ももうちょっと積極的に介入すればいいのに。誰が無年金なのか誰が低年金なのか知ってるんだから。

それにしても介護はお金がかかります。お年よりが長生きすればするほど若い世代の家計を圧迫します。国の試算では年より一人で最低2000万掛かるらしいです。

介護する側にあまり負担のないようにサービスを頼んだら、
月額20万×12か月=年間240万。(要介護度が上がると月額も上がる)
80から10年生きて2400万。これ最低金額です。100歳生きるお年寄りもいるので。もちろん寝たきりになると介護保険負担額がアップしますし医療費の加算があるので全体的に支払額が多くなります。

介護問題に取り組んで良く分かったのは、年金はちゃんと払わないとアカンということでした。厚生労働省の友達が言うには「年金が支払われない時は国が滅びる時しかないですから、絶対欠かさず払っておいた方がいいです」だそうです。皆さんもお気をつけて。
生きてる限り支払われる年金さえあれば、老人介護の金銭的な苦労は全部解消します。無いと地獄(精神戦)です。貯金を切り崩すだけで、長生きすればするほど資金難に陥るわけですから。(しかもどんだけ長生きするのか全く予測不能だという……)

計画が…

同じような悩みで困ってる人のために…

義母の認知症が急激に進みました。3か月で別人です。
私が描いていた長期計画が駄目になりました。今の有料老人ホームはすぐに入れる所だが少し高かった。だから集団生活に慣れさせながら経費老人ホームやケアハウス転居を狙っていたのに、義母の様子では特別養護老人ホーム(特老)しかないのだそうです。特老は待ち人数が3桁と言われるくらい入るのが難しく、結局自宅待機のまま亡くなる人も多いのだとか。

義母の場合は肉体はとても健康で、頭だけが認知症。こういうタイプが一番扱いが難しいのだとヘルパーさん。確かに、なまじ肉体が健康なだけに不自由を強いられるフラストレーションが大きいし、認知症を受け入れられないように見えます。義母にしてみれば「あんなぼけ老人と一緒にされてる」「みんな私を馬鹿にしてる」と、孤立無援の状態に置かれていると感じているのではないだでしょうか。

たった三か月で介護計画が駄目になる事もある、という事例でした。

ちなみに、地域包括支援センターには足しげく通うか、頻繁に電話で報告しておいた方がいいと思います。(初回は必ず直接行って担当者とお話して下さい)。これ鉄則です。それから市役所の福祉医療課(老人介護の担当者)にも、現状を伝えて相談実績を作っておくことを激しく推奨いたします。相談に行くと向こうは「誰が来たか・どんな相談か」みたいなものを記録として残してくれます。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne