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[08/13 響由布子]
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響由布子
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日記は数ヶ月ごとに整理しています。
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21世紀に儒教を問う

記録(保存)用にこちらにも投稿。

21世紀に儒教を問う(早稲田大学孔子学院叢書)

この本面白そう。儒教はぼちぼち勉強しているんですが、何度聞いても「儒教は宗教じゃなくて善く生きるための方法論、手順」ってのがピンと来てないのですが、こちらのレビューにもその事が触れてありました。
リンク先レビューの気になる部分を転載しておきます。「宗教」という言葉にとらわれ過ぎている自分を再発見したような気がしないでもないです。この本に興味ある方は是非!

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・(儒教は)超越して外在する世界を持たないのである。…活き活きと生きる具体的な人を省察の起点とする、これが儒家の最も基本的な信念である。(70頁)

・(宗教学者ウィルフレッド・キャントウェル・スミスによれば)religionという名詞そのものが学術界に極めて大きな偏見をつくりだし、多くの不健全な結果をもたらしており、この言葉を取り除くべきで、名詞としての宗教(religion)は多くの困難を生み出しているので形容詞(religiousu)だけを用いるべきだ、と主張している。なぜならばreligionの出現は17世紀で、それはキリスト教文化を中心として発展してきた一つの観点だからである。比較文化学から言えば、キリスト教徒はキリスト教以外のあらゆる宗教はすべてism(主義)で本当の意味での宗教ではなく、真正な意味での宗教はキリスト教であると考えてきた。(126頁)
---以上、若村さき氏のアマゾンレビューより転載---
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雑感@山岳信仰

先日の山岳信仰の講演を聞いて思ったことなどをてきとーに書き散らしておきます。
私の家は父方が山岳の集落出身なのですが、イエは山伏ではありません。木こり&猟師と聞いてます。
でも山岳信仰の話を聞いて「ああ。これだったのか」と思う事が多かったのです。
まず父は、山を下りる時は声を出しながら走っておりてました。私たちにも「ほいほい」と声を出して駆け降りる事を要求してました。これって産道を通って出る修験道のイニシエーションと同じかなと。あと、下山の時は振り返ってはいけないとも聞いた気がします。これも山岳信仰の伝承と同じです。
直接私にそういったかどうかは忘れてしまいましたが、山を擬人化していたように思います。例えば「山に騙されて神隠しにあってしまうから」「振り向いてはいけない」「道しるべを自分でも作っておけ」みたいな教えを受けた記憶があります。私の幼少時からの感覚で言えば、山は人(神)で、騙したり騙されたりするおおいなる相手という認識がありました。

そして山岳信仰で山の女神(醜い)に対して最初に取れたはぜ(醜い魚)を奉納するという話、確かに川遊びで最初に取れたかじか(この魚も醜い)を「本当は山の神様のものだから食べちゃダメなんだよ」と亡父は言っていたような……。

針ヶ谷陣屋跡


■所属する研究会によると、この画像の看板にはあやふやな点があるという。「岩附太田十郎氏房」と名乗った事は(少なくとも当時は)無いとの事。古文書によれば後北条の「北条氏房」が正しいらしい。北条氏房の母は武田信玄の娘黄梅院。
■その北条氏房の家臣である熊谷三郎左衛門が針ヶ谷陣屋の主となって土地を守っていた。そしてその陣屋があった辺りを主人の名前から三郎山と呼んだ。
■三郎左衛門には「るひいな」と言う名の隠れキリシタンの娘がいた。元和九年の江戸キリシタン弾圧により、夫権七郎と子の彦四郎は処刑されてしまった。
■しかし、二人がキリシタンになったきっかけである(と聞いた気がしたけど私の記憶違いかも…)「るひいな」は助命された。これは、当時二人の結婚を易で決めた竜派禅珠(寒松)が彼女の人生に責任を感じて奔走したからである。(夫や子の助命嘆願も同時にしていたが、間に合わなかった)
■竜派禅珠は直接将軍にモノ申せるくらいの実力者だったが何故そうだったかと言うと、彼は足利学校の校長をつとめていたから。
■るひいなは当時十八歳。夫と子が処刑されたことを聞き大変嘆き悲しんだ。これらの経緯は「寒松日暦」(川口市史近世資料編Ⅲ所収)に詳しい。
■るひいなとの関係は不明だが、川口芝の如意輪観音堂の阿弥陀如来坐像から胎内にあったマリア像と十字架が発見されている。(県博物館寄託))
■また、研究会のお方の意見では。当時水路は舟で往来できるような水量が無かったのではないだろうか(等高図などから推測)との事。←私は浦和なら水一杯あるから行けるのではないかなと思うのですが……

凄い短編

今週は凄い短編小説を読んでしまった。
それは似鳥鶏先生の「大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー」の中の探検小説だった。「七冊で海を超えられる」これ凄いまじすごい。
小説を作る側として、常日頃本気で試行錯誤している側として、「七冊で海を超えられる」は現時点で我々が到達し得る最高傑作だと思う。評論家の変な「ああこういうのね」に埋没してたのだとしたら、これはもう害悪だと思います。そういうレベルです。小説作成者としてはそう思います。私はこの小説を目指したいです。
似鳥鶏「先生」まじ凄いです。自然と頭が下がります。

誉田龍一さん

誉田龍一さんからご著書をいただきました。ありがとうございました!
泣き虫先生の方は、和算のお話だそうです。楽しみですね。
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